前回に続いて、『戦争は女の顔をしていない』3巻のあらすじと個人的見どころを紹介したい。3巻はパルチザンの女性と、衛生指導員の女性の話が大きく取り上げられていて、1巻2巻よりも死や血の描写が色濃い内容となっている。
2巻についての記事はこちらからどうぞ
あらすじ
人間は年を取ると過去を受け入れて、去っていく準備をするとスヴェトラーナは語る。彼女たちのなかに起きたことがなにもなくなってしまうのは悔しいと思い、スヴェトラーナは大きな耳となり、人々の声を聞き、「戦争」を書き記す。
戦争に参加したことがないからこそできる「正しい見方」で見た戦争を書くために、スヴェトラーナは女性たちの心の声を汲み取っていく。
見どころ
脳にこびりつくもの
出典『戦争は女の顔をしていない』原作:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/作画:小梅けいと/監修:速水螺施人・KADOKAWA
パルチザンをしていた女性・アントニーナの村はドイツ兵に占領されており、それに反抗するためにアントニーナはパルチザンとして戦うことを決意する。しかし、アントニーナの母は娘の居場所を聞くために、ゲシュタポに連行されてしまう。
ある時、ドイツ兵たちが戦地へ行くために移動しているところを、待ち伏せしていたアントニーナたちパルチザン。ドイツ兵たちは道に地雷が仕掛けられているかもしれないと村の人間たちを地雷避けとして歩かせていた。
その中にはアントニーナの母もいたが、指揮官の命令で母たちもろともドイツ兵を撃たなければいけない。アントニーナはどこを撃っているかもわからないままに引き金を引きつつ、母の安否を考えていた。
一歩間違えれば、自身の手で大事な母を手に掛けるかもしれないのに、アントニーナが戦う理由はドイツ兵への憎しみである。
彼女の村を占領していたドイツ兵は子どもを井戸に落として殺したという。アントニーナはその光景も、井戸に落ちていく子どもの声も忘れられないと語る。
落ちていく子どもの叫び声は、人の声とは思えないものとなるという。想像できるだろうか。恐怖から助けを求めて叫ぶ子どもの声や、助けてあげられない親の気持ちを考えるだけで、胸が張り裂けそうな気持ちになる。
アントニーナの母は結局ドイツ兵によって殺されて埋められてしまったため、彼女は母の遺体を掘り出して、母の遺体を洗うために水を入れた瓶を今でも取っておいているという。
そして、戦後アントニーナはドイツ兵に歩かされていた姿を、歩いている母の方へ向かってライフルを撃ったこと、若い人の声が子どもの叫び声に聞こえてしまうことに苦しまされている。
そして、戦火で焼けた人の臭いを思い出して不安になるという。
アントニーナの脳にこびりついた記憶たちは、どれも生々しく、凄惨であり、ドイツ兵の憎しみが強いものだった。前巻までは祖国防衛の意識が強いエピソードが多かっただけに、憎しみで戦ったアントニーナの話はとても胸に刺さるものとなっている。
衛生兵が見届けた死
出典『戦争は女の顔をしていない』原作:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/作画:小梅けいと/監修:速水螺施人・KADOKAWA
3巻は衛生指導員をしていたタマーラという女性の話が約半分ほどを占めている。タマーラは一番恐ろしかったのはスターリングラードであると語る。
独ソ戦争におけるスターリングラード攻防戦は史上最大の市街地戦と呼ばれているもので、犠牲者や経済損失は甚大なものとなったことでも有名である。
彼女はスターリングラードの土で人の血が染み込んでいない場所はないだろうと話す。ドイツ人もロシア人も関係なく、おびただしい数の人々がそこで死んだのだ。地面を埋め尽くす死体を想像するだけでおぞましい。
300人にいた兵士たちがその日の終わりは10人ほどしか生き残っていなかったという彼女の言葉から、スターリングラード攻防戦がどれほど過酷なものであったのか感じ取れる。
そんな過酷な戦場で、眼の前で人が死んでいく人たちを見届けたタマーラは、どれだけの年月が経とうと死者の顔を忘れないという。死体は大きな口を開けていて、まるで言い残したことを叫んでいるように見える。
彼らは何を叫んでいるのか、なにを言いたいのか、想像するだけで胸が締め付けられる思いになる。
戦争後の女性の扱い
出典『戦争は女の顔をしていない』原作:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/作画:小梅けいと/監修:速水螺施人・KADOKAWA
終戦後、タマーラは大尉の男性と結婚して、夫の実家へ挨拶へ向かった。タマーラは戦場において衛生指導員として負傷者の救出、手当をしていたことから英雄としての誇りがあった。
しかし、夫の実家で義妹に挨拶したタマーラは受けたのは侮蔑の言葉であったという。さらに、義母は戦場にいたタマーラが花嫁になったことにショックで涙を流して、彼女の戦友たちの写真を暖炉で燃やしてしまう。
タマーラたちは祖国防衛に努め、さらに勝利を掴み取ったというのに、この扱いはあまりにも酷である。当時に価値観では戦いは男性のものであり、女性が男性に混じり、戦場で血に濡れて、体に傷を拵えるなどはありえないことであったのだろうことがうかがえる。
2巻などにも、こういった描写はあったが、タマーラのは詳細に語られていてショックが強い。女性が女性を差別し、男性たちは差別されている女性たちを見て見ぬふりして助けなかった。
戦争中も戦後も戦ったタマーラの人生に注目してほしい。
まとめ
『戦争は女の顔をしていない』の3巻は、1人の人物の物語が長く、詳細に描かれている。パルチザンをしていたアントニーナのドイツ兵への憎しみ、脳にこびりついた残酷なこと。タマーラの死者の顔や、激しい戦いの話は、背筋がゾッとするような思いになる。
タマーラは「戦争の話は残さないといけない」と作中で言っていた。人間が人殺しの武器を持って人を殺す戦争が、どれほどおぞましいものであるのか、経験した人からしか語れないリアルは私達は知って損はないと思う。
戦争を知り、後世に伝えることで戦争を0にすることはできなくても、減らすことができればいいなと私は考えている。
余談だが、3巻を読んでいて、人間の記憶はにおいが一番強いのかもしれないと思った。アントニーナは人間の焼ける臭いが、タマーラは血の臭いが忘れられないと語っていた。香水を嗅いでも何をしても臭いの記憶は消えないという。
私も昔に嗅いだ嫌な臭いが忘れられない。似たような臭いを嗅ぐと、嫌なことを思い出す。臭いの記憶は興味深いものとなっているように思った。